すごいすと取材記

播州織作家玉木新雌 さん(36) 兵庫県

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西脇へ

「自分の子どもには、自分の作った服を着せたい」というのが、小学校の時の夢だった。福井県の高等学校を卒業後、西宮市にある武庫川女子大学の生活環境学科に進学。

卒業後、更に服作りの完成度を上げるために大阪の専門学校で学び、アパレルメーカーに就職。パタンナー(デザイン画を洋服にするための型紙をつくる人)として働き、1年10ヶ月後に独立した。

生まれ故郷の福井の織物は絹から化学繊維に変わっており、後染めということもあって、自分の作りたいものになじまないと思い、ふるさとに帰ることは早々に断念した。自分の居場所を探し、日本中の織物産地を見て回る中で目に留まったのが播州織だった。

真っ白な布を大量に織ってプリントしていく方法とは違い、播州織は染めた縦糸と横糸が重なり、さまざまな表情を見せてくれる。その魅力に将来性を感じ、播州織に取り組むことに決めた。

生活の拠点を大阪に置いたまま、職人さんに織ってもらい、大阪で販売するというスタイルを3年近く続けた。独立してブランドを立ち上げる時に出会った職人の西角博文さんは、自分の思い描いていたとおりに織り上げてくれる頼もしい存在だった。

西角さんとの共同作業で作品をつくり、販売を続けていたが、そんなある日、西角さんはふと口にした。「いつまでも自分を頼っていたのでは駄目だ。俺が織れんようになったらどうするねん」

この言葉で、玉木さんは西脇へ移住することを決意した。「自分で織ろう」 織り機を譲り受け、自ら織機の前に立つことにした。

 

玉木さんと職人の西角さん

玉木さんと職人の西角さん

歴史ある地場産業の中に入っていくのは、周囲から批判の目もあり、都会に住むのと違ってやりにくいと感じることもあった。しかし、時間が経つにつれて、廃業する機屋(はたや)さんから機械を譲ってもらったり、自社で作ることができないときは、他所の機屋さんに織ってもらうよう頼めるようになったりと、協力しあえる関係を築きながら、地域の中に自分の居場所ができたことを感じられるようになった。

ショップ内にディスプレイされた色とりどりのショール

店内 織り上げたショールにプリントを重ねたプリントショール

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兵庫県 県民生活課 神戸市中央区下山手通5丁目10番1号 電話 078-341-7711(代表)