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ネットワーク第128号 特集

 
コムサロン21
(被災地での炊き出し)
阪神高齢者・障害者支援ネットワーク
(避難所での活動)
    
特集 災害に強い地域づくりを進めよう

 3月に発生した東日本大震災は東北地方を中心に大きな被害をもたらしました。
 今回は、早い段階から現地に入られるなど、被災者支援の活動をされているお二人が、「災害に強い地域づくりを進めよう」をテーマに知事と語り合いました。

 特定非営利活動法人 阪神高齢者・障害者支援ネットワーク
 特定非営利活動法人 コムサロン21
 兵庫県知事
理事長 黒田 裕子さん
理事長 前川 裕司さん
井戸 敏三
 

被災地支援の活動状況
黒 田  私は東日本大震災発生の翌日、3月12日に現地に入りました。現在、気仙沼市の面瀬中学校に拠点を置き、避難所、被災住宅、仮設住宅において、24時間体制の見守り活動を展開しています。
 避難所等では、被災者のニーズに寄り添いつつ、自立と共生を守るという視点から何ができるか、阪神・淡路大震災で被災者とともに歩んだ経験を少しでも生かしていきたいと思っています。阪神・淡路大震災とは全然違う面もありますが、人間、地域、暮らしに視点をあてれば、できることはいくらでもあります。地域の特性を生かし、地域の人たちと共に考えながら取り組んでいます。
前 川  私は3月23日にひょうごボランタリープラザが派遣したボランティア先遣隊の一員として、避難所の皆さんに温かいおでんを提供しました。また、東北自動車道のボランティア・インフォメーションセンターにスタッフ1名を派遣したほか、私も連休中に現地に行きました。
 5月に姫路市で開催した「B級ご当地グルメの祭典!B-1グランプリ」支部大会では、主催の愛Bリーグの加盟団体の中で被災した3団体の内、福島県浪江町と宮城県石巻市を招待するとともに、売り上げの一部を寄付しました。機材などは流されていたので経費は全部こちらで用意しました。「2ヶ月ぶりに焼きそばを焼いて日常を思い出すことができ、改めて元気が出た」と言ってもらい、そういう応援の仕方もあるのだと思いました。食のネットワークはこのような非常時にも生かせるので、これからも継続して応援したいと思っています。
知 事  私は、ボランタリープラザ主催の第1回ボランティア先遣隊のバスで3月19日に被災地に入りました。
 黒田さんは、どういう点が阪神・淡路大震災と違うと思われましたか。
黒 田  阪神・淡路大震災では圧死状態が非常に多かったので、3ヶ月経てば亡くなられた方は明確になっていました。今回は津波により大きな被害が生じました。家族みんなで避難された方がいる一方で、3ヶ月経ってもまだ行方不明の方もおられます。「今から家族を探しに行く」と避難所から出かけられ、「今日も見つからなかった」と帰ってこられた時には言葉のかけようもありません。そういう意味で励まし方も阪神・淡路大震災とは少し違ってくると思っています。
 また、ガソリンや暖房の問題もあります。
知 事  前川さん、最初に炊き出しで行かれた松島の避難所の状況はいかがでしたか。
前 川  地震後、初めての温かい食事で、姫路おでんが珍しかったのか、200人程度の避難所でしたが、周辺の避難所にも配ったりして持参した500食分はすぐに無くなりました。つくづく行って良かったと思いました。
知 事  1ヶ月半ぐらいが経過した時点で、保健師が行った避難所栄養調査では、栄養が大変偏っているとの結果が出ました。栄養のある食事が十分行き届いていないからだと思われます。黒田さん、気仙沼市でも同じような印象がありますか。

井戸知事

黒 田  栄養のことも含め、避難所の担い手がそこで何をすればいいのかを考えることが一番大切です。自衛隊や気仙沼市の協力を得て、朝昼晩の三食を通してトータルな栄養管理をしました。また、各地から炊き出しが来ていましたが、不足しがちな野菜は、被害の少なかった地元の人たちが、沢山持って来られました。避難所の担い手は、全体を見ながら、いま何が必要なのかを常に考えることだと思います。
知 事  それは重要な指摘ですね。どのような言葉で伝えるか、どう工夫すれば供給できるか、どういう対応であれば人々の要求に応えられるかなど、全体の情報の共有化と行動が必要なんですね。
黒 田  支援物資の缶詰などで活用しにくいものは、他の食材に混ぜて盛りつけるなど工夫をすれば食事も全然違ってきます。また、物資を管理している人達とコミュニケーションを図りながら、健康に気をつけられるようにすることだと考えます。そういうことが私は避難所の担い手の大きな役割かと思います。
知 事  単なる支援だけではなく、支援者が担い手としての責任をどう果たしていくかということですね。
前 川  5月1日には、東北自動車道のボランティア・インフォメーションセンターと被災地を視察してきました。
知 事  東北自動車道ボランティア・インフォメーションセンターは、被災地の最新情報の提供を通じて、ボランティアの皆さんが被災地のボランティアセンターへ行かれる前に調整が図られるよう、4月20日に仙台の旧泉料金所跡地に兵庫県が中心になり設置しました。2度目の被災地入りはいかがでしたか。
前 川  改めて思ったのは、被災地周辺には普段どおりの生活をしている地域も近くにあるので、活動できるNPOなどが沢山あるのではないかということです。そういうNPOとのネットワークがつながれば、地元で支援活動をする人をこちらから支援する連携ができるのではないかと思います。
知 事  上手くいきましたか。
前 川  愛Bリーグの被災地周辺団体とはすでに連携し、支援しています。今後更にネットワークができれば、連携していきたいと考えています。

ボランティア活動のあり方
知 事  もう1ヶ月も経つと大学などが夏休みに入り、大学生達にボランティア活動に参加してもらえるでしょうから、大学生達と上手く組めればいいですね。
 当初、被災地では準備が整うまでボランティアの受け入れを断るという状況でした。私が震災発生から1週間後に行った際に、津波被害地域の少し奥まった場所では、住宅の1階にがれきと木片がつまり、取り除くには機械ではなく人の手が必要な状態でした。今でもそういう住宅が相当残っているのではないかと思います。ボランティアの力を借りるシステムをどう上手く立ち上げるかが重要だと思います。黒田さんはどう感じられましたか。
黒 田  これだけ広域的な津波被害の場合、もっと早くボランティアが被災地に入れば、関連死の予防ができたと思いました。地元の医師の存在が患者・住民にとっては薬よりも効くので、いち早くボランティアを投入して病院の泥やがれきを除去し、医師が活動しやすい環境を整えれば、関連死はもっと予防ができたと思います。これからの地域づくりもコーディネートができる経験豊富な人材をすぐに送り込んだ方がいいと思います。
知 事  最初にボランティアの受け入れが上手く行かなかったのは、市町村が壊滅的な被害を受け、社会福祉協議会も機能しなかったからで、無理もないところもありました。
 我々が現地にボランティア・インフォメーションセンターを開設しようと思い立ったのも、なかなか現地のボランティアセンターが機能しなかったからでした。現在では現地のボランティアセンターも円滑に動いているようです。今後、前川さんが言われたようにタイアップ型で、特に夏休みの学生の活躍を期待したいと思います。

前川 裕司さん

前 川  炊き出し隊の派遣の際に、大学や企業にも声をかけましたが、大学としては、学生の勉学に支障がでるという意識がありました。企業も経営者は理解があっても業務に支障があれば社員は動かない。普段から地域活動とかボランティア、社会貢献に対する意識を高めておく必要があります。こういう非常事態には、いい意味で義務としてボランティアに参加する文化をつくっておかないといけませんね。
知 事  日頃からの地域とのつながりが強いほど、こういうときに動いてもらえる可能性が高くなるという感じがしますね。
前 川  ご当地グルメの祭典で被災地域から団体を招待できたのも、普段からの交流、食のネットワークづくりがあったからだと感じました。普段のネットワークがいろいろな支援を実施する上で重要だと思います。
知 事  6月議会では補正予算でボランティアバス40台分を追加することにしました。こちらから被災地に行くのも大事ですが、私たちの周りに支援の輪を広げていくことも大切ですね。

これからのボランティア活動
黒 田  私は避難所に拠点を置いていますが、今回の震災で仕事をなくした看護師やヘルパー達が、そこで活動できるような中長期的な仕組みを、企業等を巻き込みながらつくることができたら非常にいいと思います。

黒田 裕子さん

前 川  こちらで雇って、被災地に派遣するというのはどうですか。
知 事  南三陸町や石巻市において職員を緊急に雇用しようとしても手を上げる人が意外と少ないそうです。高齢化が進んでおり働き手がいないということが現実にあるのかもしれません。前川さんのアイデアは検討するといいかもしれません。


黒 田  今、地元の人達を巻き込みながら、自立と共生を大切にした、安否確認やコミュニティづくりをどうするのかということを現地の避難所で少しずつ検討し始めています。面瀬中学校には、気仙沼市で一番大きな153世帯の仮設住宅があります。その集会所で被災者の皆さんに内職をしてもらうことで、被災者が元気を取り戻すきっかけになるのではと考えます。
知 事  自分の存在感や生きがいづくりということですね。
黒 田  そうです。私は時間あたり300円でもいいから、こういうコミュニティ・ビジネスを仮設住宅の中で行えば、まちの活性化ができて孤独死も予防でき、生きがい感やこころのケアにもつながると思います。
知 事  コミュニティ・ビジネスよりもっと小規模な事業ですね。
前 川  そのようなことができる人を有給で雇用し仕事を与えれば、そこから発展していくのではないでしょうか。義援金ではなく支援金でそういう活動を応援できないかという話も最近出てきています。

阪神高齢者・障害者支援ネットワークの取り組み
沿革
 阪神・淡路大震災の当日から長田区で高齢者や障害者の緊急避難所支援活動を開始。その後西神第7仮設住宅に拠点を置き、仮設住宅解消まで24時間体制で支援活動を行う。
 被災者の復興住宅への転居後は、自立した生活が困難な高齢者や障害者の方に対する専門家によるケアを行うなど、仮設住宅支援の学びの中から、次の活動を行い地域福祉社会の実現をめざしている。
 平成16年に特定非営利活動法人の認証を受け、現在に至る。
主な事業
●復興住宅におけるミニデイサービス、お茶会、コミュニティづくり、訪問介護、介護サービス、自治会相
  談、 イベント支援など
●誰もが集う、豊かな地域社会生活の創出をめざし、平成10年、市営地下鉄伊川谷駅構内に「伊川谷
  工房・あじさいの家」を開設し、デイサービス、しごと場、つどいの場を提供
●実習受け入れや人材育成、組織づくりなどの教育に関する支援
●仕事づくり(製品の販売含む)やまちづくりなどの支援
●ボランティアのコーディネート
●介護、看護医療、生活全般にわたる相談 など
 ※ボランティア登録者
   専門者、主婦、学生、一般など 約130名、活動数 約10名/日  

知 事  今おっしゃったような件は事業化してみる価値がありそうです。避難所で自主的に取り組む体制が軌道に乗るまで、我々が一つのモデルを提供し、それをまねるNPOやボランティアが出てくるのを期待することが非常に重要かもしれません。
黒 田  153世帯の面瀬中学の避難所で住民の皆様と一緒になってモデルをつくればいいのではと考えています。
前 川  被災者がすべて自分たちでやろうとしても、それぞれに気持ちの温度差があり、活動が進まないこともあります。ノウハウをもった外部の団体の協力を得ながら、モデルの提供から始めないと難しいかもしれません。
知 事  黒田さんは、仮設住宅でも恒久住宅でも小さくてもいいので集会所を必ず造るべきだと常に言われていますが、活動の拠点になるからですか。

コムサロン21の取り組み
沿革
 平成3年に交流の場の提供と、社会貢献活動を目標とした市民活動団体の中間支援を目的として交流サロン「コムサロン」を発足。
 兵庫県の生きがいしごとサポートセンター事業(※1)や厚生労働省の地域若者サポートステーション事業等の受託による行政や企業との協働のほか、姫路食文化協会・姫路おでん協同組合などを通じて地域づくり活動を行う。「B級グルメの祭典!B−1グランプリ」(愛Bリーグ(※2)等主催)の本年11月の姫路市での開催に先立ち、支部大会を5月に開催し、姫路食博実行委員会の事務局業務を担う。
 平成21年経済産業省のソーシャルビジネス55選に選定。
主な取組
●社会貢献を目的とした市民活動を行う個人・団体の事務局機能の担当と交流の場の提供や市民活動の
  情報発信のサポート
●社会貢献を目的とした市民活動の情報発信のサポート
●ソーシャルビジネスやコミュニティビジネスの起業支援
●行政、企業、地域団体、NPO等との協働事業
●無料職業紹介所として地域での就労のサポート など
※1 個人の生きがい・やりがいを大切にした働き方を総合的に支援するため兵庫県の補助を受けてNPO
   法人が運営する相談窓口。現在、県内6ヶ所で起業・就業・ボランティアなど「生きがいしごと」へのアド
   バイス・紹介や講座の開催を実施
※2 「B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」の通称で「B級グルメの祭典!B−1グランプリ」の
   開催等を通じてブランド化を図り、地域活性化への寄与を目的とする団体 

黒 田  活動の拠点にもなりますが、それよりも場を提供することで人づくりになり、皆さんが出てきて閉じこもりもなくなります。朝起きて顔を洗って出て行く場所があるという、それこそコンビニ福祉です。
知 事  ボランティア活動の一つの新しい提案をいただきました。
黒 田  ボランティアも絶対土足で入らないようにした上で、地域の特性を捉えながら、ニーズに沿った自立と共生を踏まえた活動が大切ではないかと思います。
前 川  私が「生きがいしごとサポートセンター」で扱っているようなコミュニティ・ビジネス支援団体は、宮城県や岩手県にもありますが、今はそれ自体の機能が被災の影響で弱体化してしまっています。そういう団体は立ち上げ支援やコミュニティづくりなどのノウハウを持っているので、応援しながら連携することで、現地に拠点をつくり、今後の継続的な支援を進めていきたいと思っています。
知 事  これからのボランティア活動とも関連しますが、被災地は農業や漁業が産業の中心の地域です。漁業や農業の再建には少し時間がかかるのではないかと思いますので、兵庫県で漁業や農業をしてもらえるよう、現地に相談窓口を作り、JAや県や市町、農業団体の皆さんと協力しがら、呼びかけと相談と一時移住をしていただく取り組みをしたいと思っているところです。
 阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた本県としては、先頭をきって活動を展開しなければならないと思っています。今でも400人を超える県職員や市町職員が被災地で活動してくれています。私は皆さんのようなボランティア活動を含め、兵庫や神戸からの支援活動を被災者の方々に見てもらうこと自体が大切なことだと思います。今は厳しい絶望の真っ直中かもしれませんが、15年ほど経てば私たちのように絶対に立ち上がり復興できるという無言のメッセージを伝えることになるのではないでしょうか。「がんばれ東北!」とエールを送りたいと思います。